ウィリアム・ホルマン・ハント

ベアタ・ベアトリクス(Beata Beatrix)

徹底した写実主義!

ラファエル前派の画家としての特色を最後まで保っていたのがハントであったといわれている。その特色とは「徹底した写実主義」のようであります。「自然に忠実に描く」ということを、もっとも重視し、それを「すべての作品を屋外で制作し、太陽光で見えるものすべてを細部まで描き分ける」と、ハントは言葉を残しているようですね。

主題を聖書、伝説などに求め、細密描写で画面の隅々まで、描き込んでいるのがハントの作風といえます。1844年、ロイヤル・アカデミー・スクールズに入学しているようなので、ロセッティよりも先に入学しているのですね。1854年、1869年、1873年とハントは実際にパレスチナへ行っています。それは聖書の物語を絵画化するためには、物語の起きた現場を見なければ描けないという考え方からの行動らしく、そんなエピソードからも作風の成り立ちが垣間見えてくる気がします。

もうひとつのパレスチナ行きの原因(?)についても語られています・・。

作風・・?作品の力というものはその技術やセンスだけに起因しないところが、芸術の奥深さなのでしょう。

代表作には・・・。

  • 雇われ羊飼い(1851-2年)
  • プロメテウスからシルヴィアを助けるヴァレンタイン(1851年)
  • 我が英国の海岸(1852年)
  • 良心の目覚め(1853年)
  • 世の光(1853年 - 1854年頃)
  • 贖罪の山羊(1854年 - 1856年頃
  • カイロの通りーカンテラ職人の求婚(1854-61)
  • イザベラとメボウキの鉢(1868年)
  • 死の影(1870年)
  • シャロットの女
  • 無垢の勝利(1883年 - 1884年)

これらの作品の中で「良心の目覚め」のモデルになっている女性は「アニー・ミラー」です。(後日別人の顔にかきかえたという話もありますが・・。)冒頭でもふれましたが、ハントが見出した女性モデルなのです。退役軍人の父と、掃除婦の母の子として、「貧困」という環境の中に生まれた彼女をハントが見出したときは居酒屋の女中をしていたんだとか・・。そんな彼女を理想的なレディーに育てようとハントは考え、婚約まですることになります。「源氏物語」みたいな話は世界各国存在するものなのですね・・。

パレスチナへ行くときなど、ハントは留守中にアニーが教育を受けられるように手配をしたり、自分がいない間にモデルをしてもいいメンバーリストを作っておいたりと、ぬかりなく段取りしたにもかかわらず、そのリストにはのっていない画家のモデルをうけたり、当時「いかがわしい」とされていた劇場とかに出かけてしまったりと、彼女は一向にレディにはならなかったそうなのです・・。そんなことから彼の愛情は冷めていってしまい、婚約は破棄となっていったそうです。

そんな事実とシンクロするような作品が「良心の目覚め」という作品にも見られます。

こちらの作品には、様々な「隠しテーマ」がみられるのです。大筋はこの派手さが目立つ部屋に囲われている女性・・。昔を懐かしむ歌を聞いているとき、外からの明るい太陽の日差しとともに自然の美しさに気がつき、自分のおろかさに気がつくといった内容だそうです・・。

  • 小鳥を弄んでいる猫 → この二人の関係を表現している
  • 左手の薬指に指輪がない → 女性は「愛人」である
  • 床の手袋 → 「捨てられた愛」

こんなところがあげられていました。そして部屋の派手さやら、足元にあるこんがらがった糸?女性の姿が昼間だというのに「ナイトウェア」であることなど・・。これら全てが女性の不適切な状況を表しているといえます。ここで「良心」に目覚めるストーリーですから、明らかにハントの「願望」が反映されている気がします・・・。

しかしながら、ハントの持ち味ともいえる細部まで忠実に描写されているところが、この作品の説得力につながっていますよね・・。執念か?才能か・・・?芸術家は執念深いものなのかもしれませんね。この女性、実はアニーをモデルとして描かれていたにも関わらず、婚約を破棄した後に描き変えているとか・・。

執念深いってゆ~か、とらわれ過ぎ?