ウィリアム・モリス

ベアタ・ベアトリクス(Beata Beatrix)

モダンデザインの父!ウィリアム・モリス

奥様はロセッティとの関係で先ほど登場しましたが、実はウィリアム・モリスはラファエル前派ではないものの「モダンデザインの父」と呼ばれる、19世紀イギリスの詩人であり、デザイナーであります。どこで、つながっていたかといえば、ジョン・ラスキンの著書が愛読書だったことから・・。「絵画・装飾彫刻・家具・金工の美術職人集団」、モリス・マーシャル・フォークナー商会を1861年に設立。最初はステンドグラスや家具の製作が中心でありましたが、設立2年後から手がけた壁紙のデザインが主力事業となっていったようです。これはかなり特徴的で「モリスだ!」と一目で分かるほどです。

モリスは中世に憧れていました。それは、ヴィクトリア朝のイギリスにおいては産業革命の成果によって、工場で大量生産された商品があふれていたからです。かつての職人たちはプロレタリアート、つまり賃金で働く労働者となり、古きよき手仕事の美しさといものも失われていったからです。モリス商会を設立し、インテリア製品や美しい書籍を作り出していき、生活と芸術を一致させようとするモリスのアーツ・アンド・クラフツ運動が各国に大きな影響を与え、20世紀のモダンデザインの源流にもなっていくのです。

ウィリアム・モリスの主な経歴・・

1834年
ロンドン・シティの証券仲買人の子として生まれた。父は投資で巨額の富を得たが、モリス13歳のときに死去。聖職者になることを志し、オックスフォード大学に入学。ジョン・ラスキンの著書を愛読し、大きな影響を受けた。成年になり父の遺産を相続。友人エドワード・バーン=ジョーンズらとフランスに旅行し、芸術家を志望するようになった。
1856年
建築家ストリートの事務所に入所、フィリップ・ウェッブと知り合う。事務所を辞めた後、インテリア装飾や詩集の自費出版などを行う。
1859年
ジェーン・バーデンと結婚、翌年フィリップ・ウェッブ設計の新居・レッド・ハウス(赤い家、1860年)に移る。ジェーンはモリスの年長の友人である画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティをはじめとするラファエル前派のモデルで、2人はそこで知り合った。レッドハウスは、市街地から離れた郊外にあり、ジェーンが寂しさの余りノイローゼ気味になってしまったため数年後に転居した。
1861年
モリス・マーシャル・フォークナー商会を設立し、ステンドグラス、家具などを制作。
1865年
ブルームズベリに移転。叙事詩「地上の楽園」を1861-1870年に完成させ、詩人としても名声を得た。
1871年
ケルムスコット(英語版)の邸宅を別荘として借りた。
1875年
モリス・マーシャル・フォークナー商会を解散し、単独でモリス商会を設立。
1878年
ハマースミスに転居し、別荘のあったケルムスコットに因んで「ケルムスコット・ハウス」と名付けた。
1883年
民主連盟に参加し、マルクスの『資本論』を読んだ。
1885年
社会主義同盟を結成。
1891年
ケルムスコットプレスを設立、美しい装丁の書物を出版した(後に『チョーサー著作集』などを刊行)。
1892年
テニスンが死去し、モリスは桂冠詩人に推薦されたが辞退した。
1896年
病気のため死去。

一度はいきたい、テート美術館♪

恋愛テクニックを磨いて、彼の心を「好き」に変える!彼の心を確実に射止めるためにも、恋愛心理学のココロで恋愛の心理学テクニックを利用して、必ず叶えたい恋を叶えてみましょう!